誤解されたくなくて説明しすぎる。伝えた後まで、理解を握らない
誤解されたくなくて、説明が長くなることがあります。
そういう意味じゃない。
本当はこういうつもりだった。
そこだけは分かってほしい。
説明する。
補足する。
また説明する。
それでも相手の反応が思ったものと違うと、さらに言葉を足したくなる。
でも、最初に分けたいことがあります。
正しく伝える責任と、正しく理解してもらう責任は別です。
必要な事実を伝える。
自分の意図を伝える。
誤解が重要なら、一度訂正する。
そこまではできます。
でも、そのあと相手がどう理解するかまで、こちらで完成させることはできません。
誤解は、直した方がいいこともある
だからといって、
「どう思われても気にしない」
で済ませる必要はありません。
仕事なら、事実関係を正しくしておいた方がいいことがあります。
自分の発言が別の意味に取られているなら、訂正した方がいいこともあります。
相手を傷つけたなら、意図とは別に謝ることもできます。
必要な説明まで省く必要はありません。
問題は、必要な説明をした後です。
説明の終わりを「相手が納得するまで」にしない
説明しすぎるとき、終わりの条件が相手側にあります。
納得してくれるまで。
誤解が完全になくなるまで。
自分と同じ見方になるまで。
でも、その条件では終わりがありません。
人は同じ説明を聞いても、同じ結論になるとは限りません。
そこで、自分側の終わりを決めます。
必要な事実を伝えた。
必要な意図を伝えた。
誤りがあれば訂正した。
必要なら謝った。
それなら、一度止めてもいい。
説明の終わりを、相手の納得ではなく、自分が必要なことを伝えたところに置く。
「違う」と言うことと、「分からせる」は別
誤解されたとき、
「それは違います」
と伝えることはできます。
でも、そこから
「だから私のことをこう理解してください」
まで進むと、少し話が変わります。
相手には相手の解釈があります。
こちらの説明を聞いたうえで、まだ違う見方をすることもあります。
それが重大な事実誤認なら、もう一度確認してもいい。
でも、価値観や印象まで同じにすることはできません。
訂正することと、相手の理解を支配することは別です。
長い説明が、かえって違う意味を生むこともある
言葉を足すほど、正確になるとは限りません。
説明が長くなると、相手は
「そこまで言うのはなぜだろう」
と別の部分を気にすることがあります。
正当化しているように見えることもある。
納得させようとしているように感じることもある。
本当は誤解を減らしたいだけなのに、説明そのものが新しい誤解を生むこともあります。
だから、必要なことを短く置いて、一度相手に渡す。
その方が伝わることもあります。
誤解されたままでも、すぐ全部は壊れない
小さな誤解まで全部直そうとすると、とても疲れます。
人から見た自分を、全部自分で管理しようとすることになるからです。
でも、私たちは誰かの中で、少しずつ違う人です。
全部を同じように理解してもらうことはできません。
大切なことは訂正する。
必要なことは伝える。
それでも残る小さな違いは、残っていてもいいことがあります。
誤解をゼロにするより、必要なことが伝わっているかを見る。
そのくらいでいいと思います。
握らない強さ
NICE SKILLでは、自分がやるべき一手は打つけれど、その先まで全部を支配しようとしないことを、握らない強さと呼んでいます。
説明するときも同じです。
事実を伝える。
意図を伝える。
訂正する。
必要なら謝る。
そこまでは自分の一手です。
でも、相手がどう理解するか。
どんな印象を持つか。
最後にどう評価するか。
そこまで全部、自分で決めることはできません。
伝える。でも、理解まで握らない。
それで少し、言葉を終えられるようになります。
今日のちょっと
次に説明を足したくなったら、一度だけ確認してみてください。
「必要な事実と意図は、もう伝えた?」
まだなら伝える。
もう伝えたなら、一度相手に渡す。
説明を続けるかは、そのあとで。